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発達障害のことが知りたい!

中学に入学して不登校になり、発達障害と診断されたmimiと家族の記録。

ジャージ先生

 ジャージ先生(しばしばジャージ姿だったので)とmimiとは、わずか三カ月足らずのおつきあいだった。中三の年末に急きょ来てもらえることになった学習支援の先生で、実際会うまでは正直なところmimiは乗り気ではなかった。ただ、これまでのように強く拒むことがなく、高校進学に向けてちょっと思うところや人恋しさみたいなものがあったのか、来てもらうことを受け入れた。
 これが今思うと運命の出会いと言えるかもしれない。どういうわけか、二人はとてもうまがあった。先生は、長身で明るく素直な印象の好青年だった。サッカーチームに所属しながら中学校で社会科の非常勤の先生をしていた。ばりばりの運動会系である。
 先生は、一度一般の会社に就職したけれど、どうしてもサッカーがやりたくて勤めををやめたそうだ。こうした進路の悩みをmimiに打ち明けてくれた。一方で、mimiのことをとても自然にほめてくれる先生だった。mimiも先生にはリラックスしてかつてのおしゃべりを発揮できるようだった。先生はほとんどひきこもり状態だったmimiの心をあっという間にとらえてしまった。先生は、mimiを連れ出してキャッチボールをしたり、博物館に連れて行ってくれたり、先生の友だちにも会わせてくれた。mimiは先生といっしょなら何でも楽しくできた。親であるわたしにはできないことだった。
 わたしは、mimiがどんなふうになるかなんてわからなかったし、先生にはのびのびと接してほしかったので、事前に心配して注意や希望を言わないことにしていたが、予想を上回る効果にびっくりした。
 はじめから中学校卒業までの短いおつきあいだとわかっていたけれど、別れはもっと早くやって来ることになった。先生はサッカーチームを変わることになり、mimiの卒業前に去って行ってしまったのだ。新しい住所が決まったら連絡すると約束をしたまま月日は流れた。
 mimiは先生に会うたびに元気をもらっていた。その余力で校長室での卒業式に出席し、入試の面接にも臨むことができた。でも、五月の連休に力尽き、希望に燃えていた学習意欲も体調不良であせりとあきらめに変わってしまった。
 先生と出会ってから一年がたつ頃、mimiは思い切って先生の携帯に電話した。mimiから行動するなんて、本当にめずらしいことである。年賀状を書くために住所を聞こうと思ったらしい。つながる保証はなかったけれど、先生はあっさりすぐに電話に出た。先生は、中学校でクラスを受け持つことになったということだった。
 それからときどきメール交換しているようだったが、先生は多忙な上、筆不精なので、mimiが最近また電話した。すると、今度は体育の先生になるべく学校に通いながら、定時制や特別支援学校の先生をしているということらしかった。先生にはいつもたいへんな刺激を受けている。先生と話した後、mimiが元気になったのは言うまでもない。