読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

発達障害のことが知りたい!

中学に入学して不登校になり、発達障害と診断されたmimiと家族の記録。

働きたくない!

mimiのこと

 今シーズンはじめて雪が積もった寒波の日、mimiはスクーリングに出かけた。
 なんとなく慣れてきたようす。相変わらずばたばたと危なっかしい調子で準備をしているけれど、以前よりずっと安心して見ていられる。
 
 mimiはときどき今から「働きたくない」と言う。
 前のわたしだったら「まあ、この子ったら、どうしましょ。」
とあわてるところだが、もうそんなことでは驚かない。
 こんなことを言い出したのは、一つにはわたしたち親の方が「この子はふつうのようには働けないかもしれない。」と思い始めていたからだ。
 そういう空気はすぐに伝わる。それでmimiは予防線をはるかのように「働きたくない」と口にするようになった。

 mimiの「働きたくない」にはいろんな意味が含まれている。まだ若く、将来に漠然とした夢もあって、本来熱心で意欲的なmimiが働きたくないとわざわざ言うのには理由がある。

・毎日通勤なんてできない。
・不特定多数の人と会うなんてできない。
・うまく話せない。
 
 mimiは自分にできることとできないことがだんだんわかってきたのだ。不登校の頃のmimiは、無理をして何でもがんばってやらなければいけないと思いこんで動けなくなるのを繰り返していた。だからできそうにないことがわかるようになったのは喜ばしいことである。
 その一方、学校のような規則正しい生活は自分にはできないとすっかり自信をなくしている。

「毎日通勤しなくてもよくて、いつも決まったメンバーでも働きたくない?」
「それだったら働きたい!」
「働きたいの? 何にもしたくないんじゃないの?」
「そんなことない。嫌なことしなくていいなら働きたい。」
「嫌なことって?」
「がんばってもできそうにないこと。」
「通勤とか?」
「そう。毎日は自信がない。」
「人は?」
「人は慣れたらだいじょうぶと思う。でも就職活動は無理。仕事はそれなりにできそうな感じがする。」
「仕事したいの?」
「できたらしたい。生活していかないといけないし。」
 
 確かに非言語性学習障害による能力の限界を受け入れることは重要なことだった。でも、そのことに集中し過ぎて、目の前のmimiが日々成長し、変わってきていることを忘れてはいけなかった。
 今と同じ状態がこれからもずっと続くとは限らない。できなかったことができるようになる可能性を無視してはいけないのだ。
 この一年のmimiの変わりようにはめざましいものがあった。しかし、また動かなくなることもあるだろう。後戻りするかもしれない。

 期待しない。でもあきらめないでいきたい。