読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

発達障害のことが知りたい!

中学に入学して不登校になり、発達障害と診断されたmimiと家族の記録。

わたしの何がわかるの? と思ったときは

発達障害 不登校

 人づきあいがまったく得意でなく、どちらかと言えばなるだけ人を避けたいとさえ思ってきたわたしでしたが、mimiのおかげで知り合った人たちに、本当にいろいろ助けていただいてありがたいなあと心から思っている。
 はじめのころは、とにかく誰かに何かを言われて傷つきたくなくて、ひきこもってしまっていました。「助けて」とどうしても言えなかった。言ったところでどうにもならないような絶望感もあったかもしれない。

 勝手に想像していたように心ない対応をする人もいたけれど、考えてみれば、心ないというよりは単に無知なだけだったように思う。わたしもmimiがふつうに育っていたら、きっと知らない人たちと同じだったと思う。確かに、無知は罪だなあと思ったこともあったけれど……。

 連日福島県の人たちの身に起こった突然の降ってわいたような災難の数々を知るにつけ、わたしも誰の助けも当てにできない中で、いったいこれから先どうすればいいのか、途方に暮れていたときのことを思い出している。一緒にしてくれるなというお叱りを受けそうですが、それはあえてお受けしたいと思う。
 わたしも「誰にもわからない。」というようなことをよく思っていた。そんな中、mimiもまたおそらく同じようなことを思って絶望していたのではないかと思う。mimiは自分のことが「わからない」とずっと叫んでいました。今もわたしはmimiのことをわかってあげているかと問われたら首を横に振るしかない。

 mimiのことに限らず、人は誰でも自分の気持ちを相手にわかってもらうのが難しいのと同じように、相手の気持ちを本当に理解するのは残念ながらとてもとても難しいのではないかと思う。
 しかし、本当の意味でわかることはできなくても、相手の気持ちを知ろうとすることはできる。知ろうと努めることが大事なのではないかと思っている。
 わたしも親身になって話を聞いてくれた人たちに救われた。直接的な物質的な助けがなくても、大きな力になった。次の一歩を踏み出すきっかけになった。ただ単純に嬉しかったのだ。それは聞いてくれた人たちが自分のことをわかってくれたからというのではない。うまく言えないけれど、ちゃんと向き合ってくれたことが嬉しかったように思う。
 だからわたしは知ろうと努める人でありたい。今は何の力にもならないかもしれないけれど、相手に対する関心を持ち続けている人のところに「いつどんなかたちで何ができるか」といったアンテナが働くと思うから。